春日部の記
酷暑が続く九月の初頭、都心から一時間ほどの所とは思えない田園風景がひろがる、埼玉県春日部市に引っ越した。ちょうど稲作の刈り入れ時ということで、刈った後の土地に小屋を置かせてもらった。練馬から運ぶ際、農道では大型車が通りづらいので小さな軽トラックで二度に分けて運び込んだ。稲刈り後の田園の土はすでに固まり、その上を黄金色の稲わらがびっしりと覆っており、歩みを進める度に足裏からなんともいえない柔らかさが伝わる。ある程度の距離をとって配置した後の微調整も、稲わらのおかげで小屋を傷めずにすむので助かる。運搬と配置などに半日以上を費やしたが、まだ陽の高いうちに引越作業を終えた。
日中の熱を蓄えた小屋の内部は蒸し暑く、戸を開け放していなければとても中にいられない。小屋のわりには大きめの開口部に、作ったばかりの網戸をねじ込むようにして嵌め込むと、都心ではまだ感じられない秋風が、時折小屋の中を通り抜けていく。
昼間の明るさの残る中で時間を過ごしていると、隣家の主人から引越祝いの夕飯の誘いを受けた。快適な部屋にあまり長居もせずに小屋に戻るとすでに陽が暮れかけ、辺りはだいぶ暗やんでいた。小屋の中は暗く、明かり無しでは過ごせないほどなので、観音開きを開け、網戸を嵌めてからすぐ蝋燭に火を灯した。火事を起こしてはかなわないので、薄く水を張ったバケツに蝋燭を燭台ごと沈めて安全を期した。網戸越しに風が吹く度に明かりがちらつくが、さほど気にもならずに物を読み書きすることができる。燃える炎や溶け出した蝋の匂いが小屋の中に充満し、お香のような効果を発揮している。
雲に隠れて月は出ず、小屋の外はすっかり暗くなり、遠くの街の明かりが夜空と樹木の輪郭線をぼんやりと浮き立たせ、小屋の丸窓に切り取られて絵画のように見える。時おり走る自動車のライトが眩しく入り込むと、その風景は現代的なメディアアートのように変貌する。暗さが増してくるにつれて失われていく視覚のかわりに、聴覚と嗅覚が集中してくるのがわかる。蝋に混じって入り込む稲わらと土の匂い、外を通る風の音、それとともにざわめく雑木林の葉同士がこすれる音、刈り取り後の田園に残された黄緑色の小さな蛙が飛び跳ねる音、秋を感じさせる虫の羽音など、大小さまざまな音が直接耳の奥に伝わってくる。都市部ではややうるさく感じる虫の声も、小屋越しに聞くといくらか心地よい。昼間の喧騒を忘れて静けさを求める都市部の夜と、少しでも自然の奏でる音楽が欲しい田舎の夜とでは事情が異なる。
夜の帳がおり、作業していた机と椅子を持ち上げ、押入から持ってきた布団一式を敷いて寝床をつくった。観音開きを開け放ち、入口と丸窓に網戸をかけてから床についたが、丸窓の位置がやや高めのため寝転がると風の通りが少々悪い。冷水を入れた霧吹きで体を冷やすと、微かな風でも冷たく感じられて寝付きやすくなる。都市部のようにアスファルトが太陽熱を貯めこむこともないので、夜中の一時をまわると気温もぐっと下がる。蚊の侵入もなく、寝苦しさを感じることはない。
あくる日は板塀の隙間から漏れ入る光で目を覚ました。時刻は朝の五時半で、露に濡れた稲わらの匂いが小屋に運ばれてくる。たった一畳の布団敷から外に出るとすぐ目の前に広大な田園が広がる様はなんとも言えない。一枚の板戸を左右に押し開けた途端、闇夜を経た身体が高揚するのを感じる。前日の労働の疲労が残りながらも、四つの小屋の向きを全て朝日の方向に180°変えて新しい朝を迎えた。